米に付加価値をつけて持続可能な農業に
鳥取県が30年以上かけて開発した、県独自の食用米品種である「星空舞」。
星空が美しいと評判の鳥取県で生まれた、透き通った星のように輝く見た目のお米であることから、こう名付けられました。
目利き市場はこの星空舞を使った日本酒を造りたいと考え、鳥取県八頭町(やずちょう)で農家を営む「いわきファーム」と、同じ鳥取県にある約160年の歴史を誇る「梅津酒造」に声を掛けました。
いわきファームの岩城圭一さんは、以前は「きぬむすめ」のほか酒米も手がけていましたが、2018年に「星空舞」が誕生してその翌年から栽培が始まった際に、「星空舞」に全て切り替えました。
「鳥取県にしかないお米である、という点が一番の理由です。
また、これは倒伏しづらい品種で、刈り取りの時期に台風を避けられるという点も魅力でした」と岩城さんは話します。
栽培方法にこだわり、2年間熟成させた自家製肥料を用いて土壌を豊かにしているほか、稲に黒色のはんてんをつける原因となるカメムシを防ぐのに農薬を一度使用するだけで、除草剤や化学肥料は一切使用していません。
そこには、家族が安心して食べているものをそのまま消費者に届けたいという思いがあるからです。
岩城さんは以前、家電設計の仕事に就いて海外でも暮らしていました。
今から15年前、食に携わりたいと仕事を辞めて、家業である農業の世界へ。
そして、父親から経営移譲をして九代目農家となりました。
「当時は米の価格も安く、経営が不安定。このまま続けていても必要な機械も買えないので、何かしなくてはと思い始めました。
お米というリソースはあるので、それをうまく生かして加工品を手がけることにしました」と岩城さん。
オーブンなどを購入して、米粉を使ったパウンドケーキやバスクチーズケーキを自ら焼き、販売をスタートさせました。
現在52歳の岩城さんは地域で2番目に若い農業者で、米の栽培面積は1.7ヘクタールと広域です。
安定的な農業ができなければ米づくりができなくなり、地域の風景も変わってしまう。
米に付加価値をつけることで活路を見出したいと考えている中で、池田健一と出会い、「星空舞」を使った日本酒造りの提案を受けてタッグを組むことに。
「酒は酒米だけでなく、うるち米からも造れると知って驚きました」と岩城さん。新たな商品づくりが始まりました。
「星空舞」で初めて日本酒を造る挑戦
「星空舞」を用いた酒造りを引き受けた「梅津酒造」は、「いわきファーム」から約60km離れた鳥取県北栄町にある、創業160年の蔵です。
現在は、6代目の梅津史雅さんが杜氏として、若き蔵人たちと一緒に酒を醸しています。
梅津さんの曽祖父にあたる三代目は、10代でアメリカ・カリフォルニアに留学経験があり、テニスの名手でもありました。
「Hurrah! Hurrah!(フレー、フレー)」と現地で受けた声援を思い出して、漢字で「冨玲」と名付けた銘柄が、今でも多くの人をひきつけています。
梅津酒造では、2005年の仕込みから米と米麹だけを使う純米酒の造りに全量切り替え、どっしりとした旨みのある味わいが特徴です。
この「冨玲」に加水をする前の日本酒は、「原酒」という名前で販売されています。
最近はフルーティな酒質が好まれる傾向が続いていますが、池田はこの特徴的で癖になる味わいをぜひ多くの人に知ってほしいという思いがありました。
そこで、「星空舞」を使って、この「原酒」のような日本酒を目指すことになりました。
食用米は酒米に比べて割れやすく、割れてしまうと酒造りに影響を及ぼすと梅津さんは言います。
「米が小さかったり、割れていたりすると麹菌が米粒に入り込むスピードが速すぎて、発酵のコントロールがかえって難しくなってしまうんです」。
そのため梅津さんは、岩城さんに「低速で熱を加えないように精米してほしい」と依頼しました。
依頼を受けた岩城さんは、150kgの米を低速で時間をかけて80%精米した後、すぐにゴザの上に広げて放熱させるなど、丁寧に準備を進めました。
仕込みの一部を手伝って奥行きある酒造りを体感
岩城さんが精米したお米を梅津酒造に納品したのは、2025年10月半ば。
そこから、日本酒のもととなる酒母をつくり、その後は水、麹、蒸米を3回に分けて加えていきます(三段仕込み)。
取材に訪れたのは12月初旬。2回目の仕込みのタイミングでした。
取材前日には雪が降り、しんしんと冷え込む蔵の中で、岩城さん、池田、取材チームも着替えて仕込みの手伝いをすることに。
蒸し上がった岩城さんの「星空舞」を釜からすくい出して冷ます作業を行いました。
発酵の過程で溶けやすくするため、普通に炊飯した状態に比べてかなり固めの「星空舞」をほぐして、枠いっぱいに広げていきました。
そして、「星空舞」が10度以下に冷えたところで、米麹、仕込み水と一緒にタンクの中へ。かき混ぜてふたを閉めて、この日の作業は終わりです。
翌日に最後の仕込みをした後、発酵、搾り、火入れ、瓶詰めなどを経て完成します。
岩城さんは、「日本酒はタンクの中に全ての原材料を入れて発酵させるものかと思っていましたが、こんなに複雑な造り方をするのですね」と興奮気味に感想を話していました。
梅津酒造にとっても初めての挑戦となる、「星空舞」を使った日本酒。どのような仕上がりになるのか、梅津さん、岩城さん、池田の3人は期待が高まりました。
自分好みの温度を探って日本酒を楽しんで
梅津さんに仕上がりや特徴について聞いてみると、「麹由来の濃い味わいになる方向なので、常温でもしっかりと味のある、燗にするとおいしい酒になると思います」とのこと。
「私にとっては60度から70度ぐらいの熱々が一番“輝く”温度帯だと思っていますが、おいしいと思う温度は人それぞれ。
“正解”を探すのではなくて、自身にとってのおいしさを探してほしい。
燗酒はお茶や味噌汁のように、食事や会話に自然に溶け込む存在であってほしいですね」と梅津さん。
目利き市場の池田は、「農家を、地域を守っていくために生み出したこのお酒を、岩城さんが農家の9代目であることから『No.9』と名付けました」と話します。
大切な人と一緒にぜひ飲んでほしいお酒です。
